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zoom RSS 近江八幡の町並み

<<   作成日時 : 2010/10/01 10:45   >>

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琵琶湖東の近江八幡市は約400年前、豊臣秀次(豊臣秀吉の甥)が織田信長の亡き後の安土の町を再建するかたちで八幡山城の麓に城下町を開き、楽市楽座などの自由な商工業政策が行われました。東海道、中山道、北国街道の交わる近江の地を生かし商業地として繁盛し、八幡堀沿いの街は廃城以後も在郷町として発達したそうです。八幡堀沿いの街は舟運も結びついて旧城下町と一体的に展開し、現在の市街地の骨格となっています。
新町通り、永原町通り、八幡堀沿いには江戸時代や明治時代の町屋や蔵が建ちならび、明治38年に英語教師として滋賀県商業学校(現在の八幡商業高校)に赴任してきましたウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計した洋風建築も残っています。
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近江八幡駅からのびる商店街を2kmほど進むと、古い町並みが広がっています。
為心町から永原町付近の町並み。奥に見える建物は近江八幡教会。


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近江八幡教会

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ヴォーリズ記念館。見学は予約が必要とのことで、見学できませんでした。



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鍛冶屋町付近の町並み。
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仲屋町付近で見つけた雰囲気のある建物。

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旧八幡郵便局。ヴォーリズの設計。

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八幡堀畔のかわらミュージアム。江戸末期から盛んに作られるようになった八幡瓦などを展示している。



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八幡堀は琵琶湖往来の拠点として豊臣秀次が作らせたもので、河畔には古い建物が多く残っています。



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明治10年に八幡東学校として建築された白雲館。擬洋風建造物で、八幡町役場や電報電話局などとして使用されていた時代もあったようです。現在は観光案内所やギャラリーとなっています。

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2階エントランス部分にあったステンドグラスが素敵でした。



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大杉町付近の西川甚五郎邸。ふとんの「西川」の基を築いた近江商人。




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新町周辺は、江戸時代から明治にかけて建築された商家が保存されています。建物は平入の中二階建が多く見られます、正面には格子、虫籠窓などが見られます。軒下の貫が特徴のようでうです。

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資料館として使用されている旧伴庄右衛門邸。

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市立資料館。


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八幡小学校。



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